福岡地方裁判所小倉支部 昭和44年(わ)244号 判決
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〔判決理由〕(罪となるべき事実)
被告人は、病弱で生活が困難であることを理由に昭和三七年一月一七日北九州市戸畑福祉事務所長から生活保護開始決定をうけたものであるが、昭和四一年一〇月から同市小倉区日明上ノ原所在日明運送店の自動車運転手として稼働し、別表実収入額欄記載のとおり毎月一二、六〇〇円ないし三五、九八四円の収入を得るに至つたので、同福祉事務所長に対し右収入を申告する義務が生じたのにも拘らず、右収入の事実がないもののように装いこれを秘して申告せず、別表記載のとおり、昭和四一年一〇月二八日から昭和四三年七月一日までの間、前後二一回に亘り、北九州市戸畑区千防一丁目一番四号北九州市戸畑福祉事務所において、その都度担当係員をして実収入がない旨誤信させた上、その場において同係員から生活保護費として合計四八八、五三七円の不正受給のの交付を受けてこれを各騙取したものである。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、被告人は長男が高等学校に進学したが、被告人が受けていた生活保護費からその教育費を支出すると、被告人の一家は最低限度の生活規準以下の生活を強いられることになるので、病弱の身をおして働らきに出て収入を得ていたものである。高校進学が一般的となり学令児に対する社会的要請ともなつている現在の社会情勢に照らすと、高校生に教育扶助が与えられないのは憲法第二五条にいう健康で文化的な最低限度の生活を保障されていないことになる。しかして、被告人としては長男の高校進学に伴う教育費を捻出し併せて家族の生活を維持するためには別途収入の途を講ずるのほかはなく、しかも、被告人が右収入を係員に申告すれば生活保護費は減額されるか或いは打切られるかして、結局家族の最低限度の生活すら維持しえなくなるので、止むなく右申告を怠つたものであり、他に方法はなかつたものと考えられるから、本件はまさに期待可能性がない場合に当るものというべく、被告人は無罪である旨主張する。
よつて審案するに、前掲各証拠および原ロイツの証言を綜合すると、被告人は、病弱な妻と三人の学令児を抱え自らも結核を患つて生活に困窮したため、昭和三七年一月頃から生活保護を受けていること、昭和四一年三月長男の順一が中学を卒業して私立九州工業高等学校に入学することになり、その費用として約一〇万円の借財をし三、九〇〇円の授業料を含めて月約四、二〇〇円に達する教育費を支出することになつたが、長男には月一、五〇〇円の奨学金が出るのみであつたため、右借財の返済とか教育費の捻出に苦慮していたこと、そして右費用をつくるため昭和四一年一〇月頃から自動車運転手として稼働するに至つたこと、被告人は昭和四〇年頃福祉事務所の係員から別途収入が生じた場合には福祉事務所にその旨の申告をしなければならないと聞かされていたが、申告をすれば生活保護費が減額され世帯員の最低限度の生活すら維持できなくなることをおそれてその旨の申告をせず、別途収入のないように装つて生活保護費を受給していたことが認められる。ところで、最高裁判所昭和四二年五月二四日云渡の大法廷判決によれば、何が健康で文化的な最低限度の生活であるかの認定判断は、いちおう、厚生大臣の合目的な裁量に委されておりその判断は、当不当の問題として政府の政治責任が問われることはあつても、直ちに違法の問題を生することはない。ただ、現実の生活条件を無視して著るしく低い基準を設定する等憲法および生活保護法の趣旨、目的に反し法律によつて与えられた裁量権の限界をこえた場合または裁量権を濫用した場合には、違法な行為として司法審査の対象となることを免れない、とされている。しかしながら、本件の場合、中島隆徳の証言等に照らしても高校卒業程度の学力を要求する社会的要請の強いことは充分に首肯できるところではあるが、高等学校教育に義務制が認められておらず、かつ、教育を受ける権利は各個人の能力に対応するものであり、その能力には経済的能力が包含されるものであること、生活保護法においては義務教育に必要な費用のみを教育扶助の対象としていることなどを併せ考えると、子弟を高校に進学させえない程度の生活水準にある者を目して現実の生活条件が著るしく低い基準にあると認めることはできないから、被告人の長男が高校に進学するために必要な費用が憲法第二五条にいう健康で文化的な最低限度の生活を維持するに必要な費用であり、生活保護法による扶助の対象となるべきであるとする弁護人の主張は理由がないものと解される。そうすると、爾余の点を審案するまでもなく、本件被告人の所為は期待可能性がないという弁護人の主張は、情においてはともかくとして、理論的にはその前提を欠くものというべく結局理由がないことに帰する。
従つて、弁護人の被告人の本件所為は期待可能性がない場合に当るとする主張は採用できない。(石井恒)